megane30sai’s blog

オッサンのオッサンによるオッサンの為のブログ。

帰りたい場所

久しぶりに雨が降った。


それでも帰る頃には止んでいて蒸し暑くて、まだまだ夏なんだなと肌で感じる事が出来た。


いきなりだけど子供の頃から繰り返し見ていた夢がある。


それは『死』についてだ。

死んだらどうなるのか?


避けて通る事が出来ない結末に若干10歳の少年は震えていた。


決まって起きたら泣いていて、精神的に弱すぎたのもあって参っていた。


先日、何年かぶりに同じ夢を見た。


眠っているのに、なんとなく『あ、あの夢だ』っていうのがわかった。


そして何年か前までは辿り着けなかった場面を過ぎて、初めて目にするであろう続きを見る事が出来た。


音がない暗い部屋に自分がいる。

膨大な時間なのか、一瞬なのかわからないけど、ずっと考えていた。


答えは無だ。

その部屋にいる自分の状態が限りなく死に近い感覚だが、瞬きもすれば呼吸もする。


だが、死は何もない。

楽しい、怖い、嬉しい、寂しい。


そういった感情的な要素がおそらく0の世界。


何をしているか?

ただ、じっと待っている。

待つのは苦ではない。

なぜなら感情がないから。


小さい明かりが灯る。

狭いと思っていたその部屋は、地平線のごとく広がっていた。


そして、自分と同じように音も立てずにたくさんの人達がひたすら待っていた。


何を待つのか?

転生を待っているのだ。

ただ、その時をじっと待っている。


天国も地獄もない。

あるのは無だけ。

色も音も何もない。


魂というものが何かわからないが

夢の中では人の形のようなモノであった。


目覚めた時。泣いていなかった。


もう同じ夢を見る事はないだろうと思った。


閉鎖的な思考。

孤独は敵か。味方か。


更に続きがあるならば

最初に人間が持つのは意識だと思う。


暗い部屋で待っている。

その次は温もりを感じる。

何かに包まれている事に気がつく。

それが母の中である事を知る。

そして誕生する。


音と光の世界。

何もかも初めての事。


言葉は発せられない。

ただ、その喜び、不安。

そういった類のモノを表現するのに

僕らが持ち合わせている手段は泣く事だけなのだ。


母に抱かれて落ち着くのだ。


前世の記憶がない。

私は今回が初めての人間かもしれないし、もう何回も生まれ変わっているのかもしれない。


教科書に載っていた有名な武将は自分だったかもしれない。


答えは出ない。

誰がどれだけ考えてもあり得ない。


帰りたい場所があるならば

あの瞬間にやっぱり帰りたい。