熊本の地震から考察
何年か前に東日本大震災がありました。
あの日、私は仕事をしていて普段より遅めの休憩に1人で入っていました。
注文し終わり外に設置してあるテーブルで食べようと思っていて、なんとなく待っている間に空を見上げたら何百羽単位で鳥が大移動していました。
「珍しいな。なんだろう?」
と、思ったのと同時に大きな揺れに見舞われ、建物の中が全て停電しました。
初めての大きな地震に多少取り乱しましたが冷静に危険ではない場所に移動し、中の人達がどうなったのか安否を心配していました。
とても不安でした。
割と大きなショッピングモールなのに、自分以外に外には人がいなかったからです。
10分ほどして我先にと外に走って出てくる人達を見て状況が状況なのに安心したのを覚えています。
その後は割愛しますが、計画停電が厄介でしたし、何より余震の度にそこら中から緊急地震速報を伝えるアラームが騒がしく鳴り響き、とにかく落ち着けない日々を送っていました。
それでも私の地域は近所の工場で爆発があったくらいで、比較的被害は小さく元の生活には2週間程で戻る事が出来ました。
東北では津波や原発の問題が連日取り上げられていて、これを書いている今でも震源地周辺の方々は避難した場所での生活を余儀なく送られています。
今回はここからが本題です。
先日、仕事終わりに駅から家まで歩いて帰っている途中と、近所に住む知り合いからマッタリ家で飲みましょうという誘いを受け、5時間程夜中まで雑談をしていました。
なんとなくテレビだけはBGM代わりに点けていましたが、そこで戦後から現在までの最も取り上げられたニュースランキングみたいなものを放送しており、勝手にベスト10の予想を2人でしていました。
オウム真理教とか酒鬼薔薇聖斗事件なんかを挙げていたと思います。
「そういや東日本大地震は?」
と言ったところ
「意外と東日本の人くらいしか興味ないから四国とか九州なんかでは話題になってないんじゃないの?」という返答が。
そんなバカなと思いました。
あれだけ大きな地震で、しかも原発問題にもなって話題にならないわけないだろうと答えましたが、結果から言うと第7位でした。
その話題から1週間後が今回の地震でした。
正直な感想を言うと、地震があった事を知ったのが翌日の夕方でした。
テレビも見てなかったし、スマホもニュースを見る事がほもんどなく、当日もブログは書いていましたが全く関係のない話題に触れていたと思います。
でも本当に何もなかったんじゃないの?ってくらい、話題に挙がらなかったんです。
普通に飯食って、煙草吸ってと人と話す機会があったのにも関わらず、相手からは1度たりとも熊本の地震について振れられてないんです。
あの日、彼が言っていた興味ないんじゃないのという話は正しかったんだと思いました。
同じ国の中でここまで大きな出来事が起きているのに、下手したら未だに知らないという方が普通にいてもおかしくないレベルの認識なんだなと。
親日関係にある国々では前回の震災もそうでしたが、今回も募金が募われたり物資が送られたりなど復興支援をしてもらっているのに、自分に害がないと思った途端に見て見ぬ振りなんです。
この国は本当に大丈夫なのか?と怖くなってしまいました。
でも、偽善者ぶるつもりはありません。
コンビニには毎日のように行くのに募金もしてないですし、やっぱり他人事だと感じながら生活している自分がいたんです。
ようやくテレビを点けたら国会で安倍さんが自衛隊の派遣や物資の輸送を話されていましたが、どこまで本当かもよくわかりません。
と言うのも、前回は確か日本人ジャーナリストの湯川さんがイスラムで囚われた時に見ていましたが、何かしようとはしたんでしょうが結果から言うと見捨てていたわけです。
助けないのが正解だという声も多く、小泉首相の時も人質は助けないという選択をしているわけですし、日本人は案外愛国心が薄く、自分さえよければ良いという集団なのかもしれないと再度思わされました。
随分と脱線しましたが、1日も早く復旧が出来る事を祈るばかりですし、どこかで募金を募る動きがあれば少なからず協力したいなと思った出来事でした。